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先日、敬愛する兄弟が、話の中でこんなことを何気なくおっしゃいました。
「僕にも、『プライド』あるから…(その時の話題は、信仰に関することではありませんでした)」

はたと、考えました。

キリスト者にとっての『プライド』って、何だろう。

「プライド」
意味は「誇り」「自尊心」「自負心」。
クリスチャンが、世に誇れるものって、何だろう…。

「…… だけど今は あなたへの愛こそが わたしの プライド…… (今井美樹「PRIDE」)」
有名なヒット曲の一節です。

私たちも、「神様への愛」がクリスチャンとしての「プライド」なのでしょうか。

それは、ある意味そうかもしれません。
でも、思うのです。
私たちが神様を愛するよりもはるかに何倍も何倍も、想像がつかないくらい、深く深く、神様が私たちを愛してくださっているのではないか。
「子」がどれほど親を愛したとしても、「親」からの愛には到底かなわないのではないか。
「親」からの愛にまさるものは、ないのではないだろうか、とー。

私はこう考えます。

*この宇宙を、この星を、そしてこの天と地のものすべてを造られた偉大なお方が、私たちの『父』であられること。
*そして、その『父』から愛情をもって造られた「私たち」は、あろうことにも『父』を捨て、放蕩をほしいままにし、それでも『父』は、その計り知れないほどの愛情。
それは、一番大切な御子をさえ惜しまなかったほど。

でもって私たちを赦し、再び『父』の『子』として「愛し、愛される関係」を持つことがゆるされたこと。
そして、これらを踏まえて、これが一番大切と私が考えていること。

それは、「『全能なる、偉大なお方』が、私たちの『父』であり、『父』から愛されていることがどれほど素晴らしい、大きな恵みかを、世は知らなくとも、私たちは知っているということ。

 icon-check-square-o 世が知らない、この事実を、私たちは知っているのです。

これが、クリスチャンの「誇り」であり、世で生きている「キリスト者のプライド」ではないでしょうか。
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父の影響で、少しだけジャイアンツファンの私。

しばしばテレビで巨人戦を観ます。
ジャイアンツの攻撃の時、打席に立ったバッターのヘルメットには、「GIANTS PRIDE」と書いてあります。
また、「巨人は紳士たれ」、故正力松太郎オーナーの言葉だそうです。

ジャイアンツの「PRIDE」とは、何でしょうか。

あくまで私が思うにですが、「巨人という看板を背負っている者は、試合の時だけでなく、ユニフォームを脱いだ時にも、品位ある、人の模範となるような者でありなさい」ではないか、と。
「試合の時は大胆に、それ以外の時は謙虚に」そう説かれているのではないのか、と。

間違っても、「あなたたちは、他球団と違う、『伝統あるジャイアンツ球団』の一員なのだ」と、他球団の選手に対する優越を説いたものでは、ないはずです。

この「優越」、実は私たちの落とし穴でもあると思います。

「誇り」と「優越(言葉を変えると、思い上がり)」とは、紙一重。

私が先に書いたことを、超平易に書くとするならば・・・
「ボクたちは、キミたちの知らない、偉大なお方を知っていて、その方は、ボクのお父さんであり、ボクはお父さんに、ものすごく愛されているんだよ!」

まさに「紙一重」です。

でも、私たちキリスト者は、世にあっては、神様と人とを愛することに関しては「大胆に」、神様と人とに仕えることに関しては「謙遜して心は謙虚に」歩みたい、少なくともそんな気付きを与えられた、今日この頃です。

2コリント3章 キリストの手紙 4節

私たちはキリストによって、神の御前でこういう確信を持っています。
何事かを自分のしたことと考える資格が私たち自身にあるとうわけではありません。
私たちの資格は神からのものです。

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lyrica(リリカ)

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投稿者プロフィール

東北在住、現在「人生の休暇中」(病気治療にて、自宅療養中)
スポーツ大好きのキリスト者です。

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